杉山由美子さん/声楽/イタリア語と声楽・カリアリ夏期国際音楽アカデミー/イタリア・フィレンツェ・カリアリ

杉山由美子さん プロフィール

音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

 

杉山由美子さん
杉山由美子さん

杉山由美子さんプロフィール
尚美学園短期大学声楽科、東京コンセルヴァトアール尚美研究科声楽専攻卒業。学生時代よりオペラ、ミュージカルに出演。ミュージカル劇団「音楽座」に在籍し、その後、フリーで音楽活動を始める。2001年初のソロリサイタルを開催。堅苦しくないクラッシックを広める為、意欲的にコンサートを行っている。第1回オペラアリアコンクール入賞(全日本音楽協会主催)。2006年イタリアフィレンツェにイタリア語+音楽で6ヶ月留学。イタリア留学中に、フィレンツェ夏期国際音楽キャンパス、カリアリ夏期国際音楽アカデミーのマスターコースに参加。


—  簡単な略歴を教えていただけますか?

杉山 高校時代から合唱をやっていて、その合唱を通じて歌うことは楽しいなと思っていました。日本人では第一人者である声楽家、伊藤京子さんという方が高校の先輩で、毎年高校に歌いに来てくれたんですね。その方の歌を聞いて「声楽家って凄い」と思っていたんです。それで、自分もあんなふうに歌えるようになりたいと思い高校三年の冬に音楽大学に行きたいと思いました。通常の音大受験をする人達に比べたら全然準備が遅いので間に合わないと言われたんですが、音楽短期大学声楽科に入れました。短大卒業後、専門コース研究科に進みました。その後は、働きながら細々とレッスンに通ってミュージカル劇団に入りました。劇団には歌のうまい人やダンスが上手な人が一杯いて、とても刺激になり勉強になりました。その後、アルバイトをしながら自分のスタイルで何かやっていこうと思っていろいろなオーディションを受けました。結局都内のライブハウスやホテル、クラブなどでクラッシック歌手として歌うことを始めました。また、自分の力を試してみようと思って、2004年にオペラアリアコンクールを受け、たまたま入賞しました。地道にやっていけばなんとか認めてくれる方もいらっしゃるのかなと思いましたね。それで、本場イタリアで勉強してみたいという気持ちがどんどん強くなってきました。年齢も年齢だったのでこの辺で留学しておかないと一生行けなくなると思い、イタリアで暮らしながらイタリアの夏期講習やマスターコースに参加してみようと決心しました。

—  イタリアを選んだ理由はありますか?

杉山 イタリアは二回行ったことがありました。一回はプライベートで、もう一回は、私が所属していた東京の合唱団が優秀でイタリアに招待され演奏旅行をした事があるんです。その時に食べ物はおいしいし、人は陽気だし、風景も素晴らしく、そして時間がゆったり流れていて皆人生を楽しんでいる感じが凄くしました。イタリア人には、いろいろ親切にしていただいた事もあり、イタリアは本当にいいなと思っていたんです。

—  そこで留学するならやっぱりイタリアだと?

杉山 いろいろ考えたんですが、イタリアは歌の本場ですし、カンツォーネにも興味がありました。以前行った時の印象も良かったので、それで住むならイタリアがいいかなと思いました。

—  実際にイタリアに住んでみていかがでしたか?

杉山 フィレンツェに住んだのですが、住むとこんなにも違うのか、というのが正直な感想です。日本は何もかも便利なので便利さに慣れていました。ところがフィレンツェでは、例えば夏でも、ほとんどの家庭にクーラーが無いんですね。なので、ものすごく暑いんです。光が入ると夜、気温が上昇して余計暑くなると言われていたので、昼間はブラインドを閉めてモグラみたいに生活をしていました。それでも夜は、ものすごく暑くて寝むれません。蚊もすごく多く、五、六十カ所くらい刺されましたね。

—  一晩でですか?

杉山 もちろん一晩ではないです(笑)。それにフィレンツェは日本みたいに交通網が発達していないので、自宅からフィレンツェ中心の学校まで行くのに歩いて片道三十分くらいかかりました。バスもいいかげんでよくストライキもあり、時間になっても来ないので、往復歩いたりしていました。そのうち自転車を借りて通うようになりました。

—  最初はイタリアの慣習に戸惑いましたか?

杉山 そうですね。コンビニのように二十四時間やっているお店も無いので、何か足りない時は困りますね。飲み物でもなんでも買いだめしておかないといけないです。

—  スーパーなどは土日がお休みですか?

杉山 日曜日が休みです。スーパーやバールは全部休みになってしまいますね。私がフィレンツェに着いた日がたまたま日曜日だったので、買い物も行けず、一緒の家に住むギリシャ人の方が自分の食べ物を与えてくださいました(笑)。

—  ご留学するまでに準備期間はどのくらいかかりましたか?

杉山 猛スピードで三ヵ月半ですね。日本でイタリア語の語学学校も三ヶ月通いました。特に私は会話を中心に習っていたので買い物やちょっとしたイタリア語は多少役に立ちましたが、イタリアに行くと会話の速度が速いので、耳が慣れないとダメですね。それにイタリアの学校では、文法をものすごくやらされます。その文法をいかに私は知らなかったのかと思いました。結局イタリアでは一から勉強したのですが、毎日学校もあって日常でイタリア語を使うのでやはり身につきますよね。語学学校では、四週間毎に試験があり、その試験にパスすると次のクラスに上がれます。上のクラスにいけないと恥ずかしいのでそこでも頑張りますよね。

—  フィレンツェの語学学校に行かれて、イタリア語が分かってきたと思ったのは何ヵ月目くらいですか?

杉山 三ヶ月くらいですかね。長い文章は言えないのですが、耳が慣れる感じです。

—  宿題はありましたか?

杉山 毎日ありました。

—  学校の生徒さんはどこの国の方が多かったですか?

杉山 日本人も多かったのですが、ドイツ人やアメリカ人も多かったです。世界のいろいろな人達とお友達になれました。日本人スタッフが学校にいたので何かあった時は日本語で相談が出来るのでそれは大変助かりました。

—  緊急事態は何かありましたか?
 

イタリアのおじさま達
イタリアのおじさま達

杉山 学校で緊急事態は特にありませんでした。個人的にみんなで夕食を食べに行ったり、ディスコに行ったりすることがあるんですが、一度、大酔っ払いをしちゃいました(笑)。夜中三時くらいだったのでバスは無いし、自転車も恐かったのでタクシーで帰りました。その時、財布に50ユーロが一枚ポンと入っていたのを今でも覚えています。タクシーの運転手は、私が酔っぱらっているし、日本人だということを見ているんでしょうね。家まで9ユーロだったので50ユーロを出したら、お釣りが1ユーロしか返ってこなかったんですね。「え?50ユーロ出したんだけど」と言ったら、「見て。ここに10ユーロしかないでしょう」と言って、10ユーロが置いてあるんです。その時、私は、10ユーロを持っていたのかもしれないと思ってしまいました。でも、後で財布を見たらやっぱり50ユーロが無いので「ああやられた!」と思いましたね。次の日学校に行ってその話をしたら「今お金をとっさに、すり替える手口がはやっているんだよ」と言われ、まんまとひっかかったと思いました。あとは食中毒ですね(笑)。

—  食中毒?夏場ですか?

杉山 冬場だったんです(笑)。11月だったのですが、たまたま日本から友達がフィレンツェに来たので一緒にレストランに行きました。フィレンツェは、海の幸はあまりおいしくないので勧めなかったのですが、ムール貝のワイン蒸しを食べたいというのでそれを頼みました。おいしくないし、変な感じがしたんですが、もったいないし、他の料理もみんなに食べてもらいたかったので私が頑張ってこれを食べるしかないと思ったんですね。みんなは二、三個しか食べてないのに私のお皿はムール貝の貝殻でてんこ盛りになっていたんですよ(笑)。そしたら三時間後くらいに、いきなりきまして....、もうずっと朝まで、熱もでました(笑)。

—  災難でしたね(笑)。

杉山 そうなんです。でも私の友達と一緒に来た方が医療関係の方で、「食中毒に間違いないから、薬を飲まないで全部出したほうがいい。下痢止めを飲んじゃうと止まっちゃうから、とにかく悪いものは出すように」と言われました。そのようにしたら金曜日夜に発症して、一日寝込みましたけど、日曜日にはだいぶ良くなりました。

—  その時は、学校のスタッフに連絡したのですか?

杉山 発症したのが、金曜の夜で友達のホテルだったんですね。久しぶりに友達に会ったのでみんなでホテルで話をしていたのですが、そこで具合が悪くなって、結局そのホテルに滞在しました。ホテルにたまたま日本人のスタッフがいて、薬は出せないと言われたのですが、ハーブティーなどを出してくれました。それに、お友達がいたので安心でした。学校には、土、日とお休みなので特に連絡しませんでした。

—  日本とイタリアでは何が違うと思いましたか?
 

友達と遠足に
友達と遠足に

杉山 日本にいる時は、人間対人間が殺伐としているなと感じる事もありました。留学生だからかもしれないのですが、イタリアでは、日本や韓国、その他世界中からデザインや料理の勉強に来た人など音楽以外のいろいろな人と知り合いました。その方達と絆が強くなって助け合う事がよくおこりました。例えば、私が日本に帰るときに荷物を三箱くらい日本に送らないといけなかったんです。日本のように便利ではなく自分で荷物を持って行き、重さも測ってもらう必要があって、結構面倒くさいんです。荷物を運ぶだけでも大変です。その時に友達が四人くらい来て、パーと運んでくれました。もちろん、私も他の方の時には、何かあったら助けます。そういう絆がとても強いと思いました。

—  学校で知り合った方達ですか?

杉山 そうですね。あとは知り合ったお友達のお友達。お友達のお友達はその学校に行っていたわけではないですね。

—  フィレンツェは狭いですよね。みんな知り合いみたいな感じですか?

杉山 みんなではないかもしれないけど、どこかでつながっていますよね。

—  学校の授業ですが、スケジュールはどのような感じでしたか?

杉山 私はイタリア語と音楽コースを受講していました。九時に学校が始まって一コマ目が、九時から十時半まで。十時半から十一時までが休憩で、十一時から十二時半まで二コマ目の授業があります。一コマ目の授業は、テキストを使った文法中心の授業でした。二コマ目は、会話を中心とした授業でした。十二時半には、語学の授業は終わります。私はほとんど十二時半から学校でお昼を食べていました。みんなでバールに行ったり、トラットリアに行ったりすることもありました。歌のレッスンは週二回、イタリア語の授業の後にあり、レッスンに備えて大体五時くらいまでは毎日学校にいました。学校にパソコンが6台あり無料で使えるので、午後はパソコンをしたり、その他ピアノがある練習室が5室あるので、練習を毎日しました。

—  学校では宿題や練習をしていたのですか?

杉山 練習が主でしたね。練習の間、一時間休んでメールやパソコンをし、そのあと、また練習をしていました。友達も結構残っていたので、いろいろおしゃべりしたり、情報交換したり、バールにコーヒーを飲みに行ったりしていました。

—  週に二回の歌のレッスンは別々の先生でしたか?

イタリアで先生と
イタリアでレッスン後

杉山 最初は、歌の先生にしかついていなかったんですね。コレペティトールという伴奏専門のピアニストがいるのですが、その先生についているお友達がいてレッスンを見学させてもらいました。そうしたら歌の先生とは違う視点から音楽全体の事や音楽性をいろいろ教えてくださるので、後半からはそのコレぺティの先生と歌の先生と二人の先生につきました。

—  イタリア歌曲が中心ですか?

杉山 オペラを中心に、イタリア歌曲、オペラアリアを勉強しました。

—  一曲にどのくらい時間をかけるのですか?

杉山 この学校の良いところは、必ず月に一回のコンサートがあるんです。私は8月から参加したので、8、9、10、11、12と5回コンサートに出演しました。

—  毎回コンサートに向けて曲をやっていくのですか?

杉山 そうですね。『夢遊病の女』というイタリアの作曲家ベッリーニのオペラがあるんですが、その中のアリアが、ずっと歌えなくて半年かけてやりました。先生が、「そのアリアがとてもあなたにあっているから勉強したらいいわ」と言ってくれたのですが、ものすごい難しいです。

—  完成しましたか?

杉山 まだ、熟成中ですね。「ちゃんとできるには二年かかるわよ」と言われています。

—  日ごろの練習はほとんど学校ですか?

杉山 そうですね。学校には、練習室があるのでそれを使っていました。三十分毎の予約制になっているのですが、誰もいない場合は自由に使っても良かったので結構使っていましたね。

—  月一回のコンサート以外に、自分たちでコンサート企画などはしましたか?
 

イタリアの教会で発表会
イタリアの教会で発表会

杉山 自分でコンサート企画はしなかったのですが、私は夏にフィレンツェで講習会にも参加しました。その講習会の最後に、教会で終了コンサートがあってそれに出る事ができました。お客さまも、ものすごくたくさん入りました。観光客などコンサートをやっているなら入ってみようという人も結構いました。学校のコンサートでも、十二月にものすごく大きい教会でやりました。響きもとても良くて礼拝の方もコンサートに来ます。その教会で歌ったことは本当に良かったですね。感動です。

—  学校ではコンサート以外のイベントはあるのですか?

杉山 映画、遠足など結構イベントがたくさんありました。海外の方は、ホームパーティーがとにかく好きで、夏は公園でその国の食べ物をそれぞれ一人一品ずつ持ち寄ってパーティーをやりました。世界の料理が食べられるんですね。その時はメキシコやスペインの方もいました。スペインの方は、バケツを持ってきてそこにワインをバーって入れて、果物を入れて、サングリアを作っていました。メキシコの方は自分でキュウイをリキュールでつけたものを家から持って来ました。私はおにぎり(笑)。学校では、クリスマスパーティーもあってその時も世界各国からいろいろ食べ物を持ち寄りました。

—  お米などは普通にフィレンツェで買えるのですか?
 

世界の料理をみんなで食す
世界の料理をみんなで食す

杉山 アジアンマーケットがあってそこで結構買えます。イタリアのお米も買ったのですが、炊き方さえ間違わなければ大丈夫だと思います。でもイタリアのお米は芯が残ったりして難しいですね。三回失敗しました!火加減かな。リゾット風になっちゃいますね。

—  周りの方のお勉強の態度は日本の学校と比べて違いますか?

杉山 全然違いますよね。お国柄がでます。最後のクラスでは、日本人は私だけで、あとは、アメリカ人ばっかりでした。日本では椅子に普通は土足で上がったりしませんよね。だけどアメリカ人の人達は平気で土足のまま足を投げ出したり、椅子に登ります。それが一人だけじゃなくてみんなそうでした。日本人は靴を脱いで家にあがる文化なので随分違うなと思いました。お行儀が悪いように見えましたね。

—  授業以外はどのように過ごされていましたか?

杉山 午後は歌の練習をしていました。土曜、日曜は、近くの公園に行ったり、友達とフィレンツェから電車で行ける所に遠足に行ったり、テスト前は家で勉強ですね。

—  テストは、厳しいですか?

杉山 厳しかったですね。テストで出来なかったということは、授業が理解出来ていないということなのでもう一回同じ授業を受けることになります。毎月どんどん次のレベルに進めるというわけではないですね。初めの頃は、音楽の講習会に行っていたのでテストはパスできなかったのですが、その後は、順調にパスできました。

—  日本人以外の人達と付き合うコツは何かありますか?

杉山 私は、ギリシャ人の女性とイタリア人の男性と住んでいました。イタリア人の男性は四十歳くらいの人で、ほとんど家で仕事をしていて考古学を研究している人でした。性格が日本人の男性より固い真面目な人で、良い人に恵まれたなという感じでしたね。ギリシャ人の女の子はフェラガモに勤めていました。私はそうめんを持っていたので、茹でてみんなで食べました。食べ物ですかね(笑)?そうすると今度は自分の作った物を食べさせてくれます。テスト前だとイタリア人の男性がスパゲティーを作ってくれたりしました。

—  生活費は食費を含めて一ヶ月どのくらい必要でしたか?

杉山 私は家賃が四百ユーロだったので月に最低六百ユーロは必要でした。

—  家賃以外は二百ユーロでやっていたのですか?
 

レッスンの後みんなと
レッスンの後みんなと

杉山 スーパーはものすごく安いんです。レストランやトラットリアに行くと高いのですが、スーパーで買い物をする場合は日本より安いです。お酒の話で申し訳ないんですが、イタリアの一番有名なモレッティーというビール350mlが、二つで0.8ユーロ。野菜は全部計り売りですが、ズッキーニを二、三個入れても40円くらいです。野菜、果物はとにかく安かったです。肉も市場で買うとものすごく安いです。スパゲティーも大体0.8ユーロくらいで売っていて安いですね。レストランやトラットリアは、ものすごい量の食事と、ものすごいお酒を飲んでいるので安いとは思うのですが、ユーロマジックにかかってしまいます。例えば、一人20ユーロかかったとして、日本の感覚だと2,000円位で安いと思うのですが、実際為替レートを計算してみると3,200円くらいですよね。「ああユーロだったか、この国は!」と思いました。レートで思い出しましたが、町の両替屋は1ユーロ200円位取られるので気をつけないといけないですね。とにかく銀行で換金した方がレートはいいです。

—  オペラは見に行かれましたか?

杉山 フィレンツェで見に行きました。日本の感覚で比べたら本当に安いです。日本でオペラだと一番高い席で三万円前後、一番安くても五千円以上ですよね。でもイタリアだと安い席は、ものすごい悪い席ですけど10ユーロ前後、日本円で1500-1600円位です。夏は、野外オペラもやっていました。毎日コンサートをやっている教会もありました。パイプオルガンとフルートとテノール歌手の日やバイオリンの日など、いろいろな組み合わせで毎日コンサートをやっていました。フィレンツェという土地柄、観光客も多いので、町の広場で楽団が演奏したりしていました。

—  話しは変わりますが、夏期講習会についてお聞かせいただけますか?フィレンツェ夏期国際音楽キャンパス(編集注:2007年度の開催はなし)とカリアリ夏期国際音楽アカデミーにご参加されたのですよね?
 

カリアリ音楽院
カリアリ音楽院

杉山 フィレンツェ夏期国際音楽キャンパスは若い子が多かったです。一緒のクラスではドイツ人の女の子とメキシコ人の女の子とスペイン人の女の子、それと私でした。一番若い子は17歳のドイツ人で、日本人の参加者は私一人だけでした。私は、初めて海外でレッスンを受けるのでかなり気も張っていました。一人ずつレッスンがあるのはもちろんですが、全員でレッスンをする事もあります。その時それぞれの良い所や、注意点などのアドバイスをして下さいます。自分のレッスンが終われば帰っていいということではなかったので、その点が良かったですね。ヨーロッパ式のグループレッスンはずっと気が抜けない感じもあるのですが、一番日本と違うのは有名な凄い先生でもざっくばらんというか、壁をあまり作らないですよね。決して生徒を否定しないし、そう思うのなら、こうやったらもうちょっと良くなるかも知れないと生徒の可能性を高めてくれます。イタリアでは、自分の意見を言うことは本当に大事で、必ず「どうやってこれを歌っていきたいですか?」という自分の意見を先生に聞かれますね。

—  講習会の期間は一週間ですか?

杉山 本当は一週間でしたが、結局人数が少なかったので凝縮して五日間になりました。もう一つのクラスの先生はイタリア人の男の先生でした。イタリア人なのでイタリアの歌のことをものすごく良く分かっていて、その先生もいい先生だと思いました。期間中違うクラスのレッスンなど自由に聴講する事も出来るので、勉強になりますね。

—  カリアリ夏期国際音楽アカデミーはいかがでしたか?
 

ジュリオ・ザッパ先生と
ジュリオ・ザッパ先生と

杉山 カリアリは、私がお会いしたかった、カーティア・リッチャレッリが体調不良のために来られなかったので残念でした。受講生は、日本人とフランス人が多く、有名な先生がたくさんいました。パリ国立高等音楽院などの先生がたくさん来るので、その先生についている生徒さんも多く来ていました。リッチャレッリが来れなくなった代わりに、ジュリオ・ザッパというコレペティの先生が指導をしてくれました。でも歌い手ではないんですよね。歌い手ではないので、「声楽」のレッスンとしては、疑問がありました。ピアノはすごいうまい方で、一流の声楽家と共演して引っ張りだこだそうです。だからこの方には、歌で習いに行くのではなく、コレペティの勉強をしている人がその先生に付いたらもの凄い良いと思います。日本人の女の子も一人コレペティの勉強として、オペラの伴奏をその先生についたけれど、ものすごい良かったと言ってました。

—  学校の施設はいかがでしたか?
 

あこがれのブルーノ・カニーノ先生と
あこがれのブルーノ・カニーノ先生と

杉山 学校の施設はものすごく良かったです。練習室もたくさんありました。カリアリ自体がもの凄くいい所で、景色も良く、カリアリの町はすごく好きですね。食べ物はおいしいし、物価は安いし、人ももの凄く温かいです。私にとっては、イタリアで一番人間的に温かい人が多かった気がします。

—  物価は安いのですか?

杉山 安いですよ。フィレンツェから比べると安いですね。カリアリ以外の北の街は高いらしいのですが、カリアリは安かったですね。景色もいいし海も凄くきれいだし、人も親切だし町自体も私は好きで、カリアリの音楽院の雰囲気も本当に好きです。

—  宿泊先は海の近くでしたか?

杉山 はい、海の目の前でした。学生寮でしたがなかなか良かったですよ。

—  学生寮からカリアリ音楽院まではバスですか?

杉山 バスですね。帰りはお店がいろいろあるので、歩いて帰ったこともあります。歩くと三十分弱位ですね。

—  講師演奏会はいかがですか?

歌のレッスン
歌のレッスン

杉山 二日間講師演奏会があるのですが、ブルーノ・カニーノ氏率いる室内楽は、感動しました。ルイ・サダはオリジナリティーがものすごくあって、クラッシックを一生懸命きちっと勉強した人は「何でこんなにリズムが変わっちゃうの?」と思った人がいるかもしれませんが、私は個人的に好きでした。このようなコンサートはありがたいですよね。これだけ著名な演奏家の演奏が、いっぺんに聞けるだけで本当に幸せです。生徒の優秀者コンサートもあるのですが、歌で日本人は出場できませんでした。

—  歌のコースは何人でしたか?

杉山 イタリア人が二人、スペイン人が一人、日本人二人でした。この中でコンサートに出場したのは一人だけでした。カリアリ夏期国際音楽アカデミーは、いろいろな年齢の方が来ていました。私は、そこでピアノの先生をしている六十代の方に知り合いました。もう一人の日本人の声楽の方もお子様が大学生だと言っていました。受講生は、小学生からかなり大人の方まで幅が広いので面白いと思います。小学生は、韓国人のバイオリンの子でした。弦楽器は、お母様と一緒に来ている人が多かったですね。日本人もお母様が付い来ていて熱心な方が多かったです。私は、食事をしている所で声をかけて頂いたおじ様たちと仲良くなりました。その人達は町の名士で、カリアリのお城を管理していて、案内所もやっているらしいのです。毎晩ご飯を食べに連れて行って頂いたり、そこの社長さんのお庭のパーティーに呼んで頂いたりしました。毎晩飲みにも行きました。その中には町の警察官もいましたね(笑)。

—  講習会を含めて6ヶ月イタリアにご留学されましたが、留学して良かったと思える事はありましたか?

杉山 やっぱり視野が広がった。日本が改めて素晴らしい国だと思えました。それにイタリアの芸術文化が凄いということも分かりましたし、かけがえのない友人も出来ました。

—  留学して自分が変わった、あるいは成長したところはありますか?

杉山 もともとのんびり屋なのですが、いろいろな事が気にならなくなりましたね。留学前は、仕事など忙しく時間に追われていた気がします。今は心に余裕が出来ました。あまりくよくよしなくなりました。何とかなるかなと(笑)。

—  今後はどのようにしていきたいと考えていらっしゃいますか?

杉山 イタリア留学を経験したことは、本当に楽しく、人生観が変わり、心の栄養をたくさんもらった気がします。それを糧に小さい所からどこでも演奏活動をやっていきたいと思っています。日本ではクラッシック音楽は、どうしても堅苦しく考えがちです。イタリアに行って思った事は街中に毎日音楽が溢れていて、そんな中にも遊び心がありました。音楽は、本当に音を楽しまなければいけないと思っているので、堅苦しくない良い音楽を提供出来たらと思いますね。

—  これから留学する人にアドバイスはありますか?
 

イタリアの教会で
イタリアの教会で

杉山 イタリア人の友達に聞いたのは、日本人はお金を持っているイメージが本当にあると言っていました。「ボロボロの格好をしても分かる?」「日本人、韓国人、中国人など顔だって似てるしどうやって区別するの?」と聞いたんです。でも、「私は、日本人で汚い格好をしているわよ」と思っていても、着ているものがやっぱり少し違うらしいんですね。少し小洒落ているというか、ボロボロの服を身につけても小物が良かったりするそうです。語学学校の日本人のお友達がフェラガモの裏に住んでいました。少し暗い通りですが、普通に街を歩ける夜の7時くらいでした。彼女は、斜めにバックをかけていたのですが、オートバイの人に後ろからバックを引っ張られたんですね。それで、30メートルくらい引きずられたんです。ブーツは、ボロボロ、青あざも出来た。鞄は持っていかれなかったので良かったと言えば良かったのですが、正直どちらが良かったか分からない。イタリア人に言わせるとあれはイタリア人ではなくて外国人がやっていると言うのですが、ジプシーもたくさんいるのでとにかく自分の身は自分で守る事が必要です。身なりは気をつけることが本当に大事です。それにタクシーに乗る時は気をつけないといけません。フィレンツェではないのですが南に行くとメーターが無いんですね。最初にいくらかということを交渉しないと莫大なお金を請求されます。それに暗い道には一人で入らない。フィレンツェで、私はそんなに危険な目にあったことはないのですが、そういう例はあるので用心に越したことはないと思います。それから、私は自分の友達や知り合いなどがたくさん留学を経験していたのですが、別に自分自身の問題だから留学しても留学しなくても自分できちんとやっていれば、どこにいても同じだと思っていましたが、決して同じではないと思いました。イタリアの空気に触れてイタリアで歌ってイタリアの先生に習ってイタリアでたくさんいいオペラを聞くことが大切だと思います。若い時になるべく長い期間留学した方がいいなと思いましたね。

—  現地の音楽性を吸収してまた活動していけますよね。

杉山 結局イタリアでいろいろな歌を歌い勉強すると視野も広くなり、心にも余裕が出来てくると思います。日本だと日々の生活でどうしてもカリカリしがちなので。歌そのもの全然変わると思います。

—  帰国して歌が変わったと言われますか?

杉山 言われますね。

—  どういう点で変わるとお思いですか?

杉山 日本人は「ウ」や「オ」の発音がものすごく浅いとどの先生にも言われました。向こうで勉強してくると、イタリア語で普段会話をしているからかもしれないのですが、声が柔らかくなるというのでしょうか、根本的な言葉の発音の問題もあると思います。イタリアでは、体を使って喉の奥から厚みのある声を作るという感じでしょうか。

—  ご自分でも体感しますか?

杉山 前は繋がらなかった音が繋がるようになってきたり、レガートが初めはあまり得意ではなかったのですが、体を使ってレガートが出来るようになってきたり、喉の位置が変わってきたような気もします(笑)。実際は、もちろん喉の位置は変わっていないのですが、今までもっと上にあった気がするんですよね(笑)。

—  楽器として定まってきたのですね。成果があって良かったですよね。

杉山 先生探しで半年終わってしまったり、二年いても先生が合わないという話を良く聞くのですが、私の場合比較的良い先生と出会えた思っています。最後のチャンスだと思って半年という限られた中で出来るだけのことをやっていたので、かえっていろいろな先生に教わって良かったと思いました。

—  一番長くついた先生が一番合いましたか?

杉山 バレッリアという先生が一番良かったですね。語学学校で紹介してくれたその先生が私にはものすごくあいました。教え方も上手だと思いますし、とにかく一生懸命です。バレッリアの場合はイタリア人には珍しいと思うのですが、とにかく片言で質問したら、それに対して納得するまで多少の英語を使って説明してくれたり、図に描いて一生懸命考えてくれます。私の時間は、とっくに過ぎて次の生徒が待っているのですが、一生懸命というのが凄く伝わってきましたね。「私を先生と思わないで」というような事も言っています。「私は自分がやってきたことを伝えていければいいし、あなたが持っている良いものを私も吸収すればいいわけだから」という感じです。

—  そういう出会いがあると留学してとても良かったと思いますよね。

杉山 バレッリアにまた会いに行きたいなと思います。

—  ありがとうございました。
 

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