仲田 晴奈さん/ピアノ/ミラノ・ヴェルディ音楽院/イタリア・ミラノ

仲田 晴奈さん プロフィール

音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

 

クラシックピアノ/ヴェルディ音楽院・ミラノ
仲田 晴奈さん

横浜生まれ。フェリス女学院中学校卒業後、渡伊。イタリア国立ヴェルディ音楽院を最高点及び最優秀賞で卒業。同大学院ピアノ演奏科を首席で合格し、現在同大学院在籍中。ヴァレンナ国際コンクール最高位、カルロ・ヴィドゥッソ ピアノコンクール第二位、マルコ・フォルティーニピアノ国際コンクール第三位、ラッコニージ国際コンクールピアノ部門優勝。イタリアのラジオ番組“il pianista”、 宮崎駿映画祭オープニングセレモニーにゲスト出演。現在まで濱口ゆり、前島園子、Olga Scevkenova、Sergio Marengoni、Silvia Rumi各氏に師事。



—  イタリアに留学したきっかけを教えていただいてよろしいですか。

仲田 その当時東京音大で教えていらした前島園子先生の特別レッスンを桐朋学園・子供のための音楽教室で受講しました。そこで先生が企画したイタリア・サレルノの講習会に参加してみたら、という事で中学三年生の夏に二週間ほど講習会に参加しました。それでイタリアの気候や演奏会、雰囲気が私の肌にあっていたのが凄く印象的でした。

—  自分は日本ではないなと思ったんですね(笑)。

仲田 そうですね(笑)。前島園子先生から中学を卒業して一年間だけでもいいからイタリアに来ないかという話を頂きました。当時、私立ミラノ音楽院で教えていらしたのですね。絶対あなたにはイタリアが合っているからと言われました。親に相談したところ、すんなり、行ってらっしゃいになりました(笑)。

—  それは珍しいですね。日本の親御さんはだいたい日本にいて欲しいと思うのですけど。

仲田 割とヨーロッパ的志向なのだと思います。私が四歳〜五歳頃、一年間ヨーロッパで過ごしていましたので抵抗感が全くなかったのも大きいですね。

—  親御さんは音楽家ですか?

仲田 父は数学者で母は国立音大の声楽を出ていました。歌手として活躍しているわけではないんですけど(笑)。

—  声楽の方であればイタリアは全く抵抗ないですよね。

仲田 ないでしょうね。

—  ミラノ音楽院は先生の紹介ということですが、ヴェルディ音楽院はどういうふうに決められたのですか?
 

イタリアミラノヴェルディ音楽院
ヴェルディ音楽院

仲田 一年で帰る予定だったので高校も休学していたのですが、半年経ってもちろん気が変わりました(笑)。このままイタリアの学校で勉強したいなと思ったので日本の高校は退学手続きをしました。ミラノ音楽院には、ヴェルディ音楽院に入りたいので入学準備をしたいという話をしました。ミラノ音楽院ではヴェルディ音楽院の模擬試験などもやっているので、ミラノ音楽院で入学準備コースを取ってヴェルディ音楽院の入試を受けました。

—  イタリアは5年、8年、10年制といろいろあるのですか?

仲田 というよりは、ピアノ科が10年制で、5年生の終わり、8年生の終わり、そして10年生の終わりに大きな実技試験があります。5年生の最後の実技試験を受けるには聴音、ソルフェージュ(記号がどんどん変わるもの、リズムが変わるもの、歌、そして移調のもの)、それと初歩的な音楽理論の試験(口答試験)を受かっていないといけないのです。5年生の実技試験を受けて、ある程度点数がいいと入学試験免除で特別編入できるので、私はそういう形で6年生に特別編入しました。

—  語学の試験はありましたか?

仲田 はい、私の年からありました。

—  難しいのですか?

仲田 そうですね。筆記試験というのが日本で想像するような語学の試験ではなくて、私の時はストラヴィンスキーが書いた「ロシア音楽に対する論文の読解」でした。

—  それは難しいですね(笑)。

仲田 みんなで唖然としました(笑)。辞書も持ち込み禁止でしたので、とにかく何でも書いてみようと(笑)語学の勉強としてやったのは、三月にミラノに着いたのですが、夏休みに文法の動詞の部分を全部写して、自分で勉強した位だったので・・・。後はもう会話で実践という形をとっていました。

—  大変ですよね。何の知識も無かったんですもんね。

仲田 最初に寮に入ったのが良かったんです。イタリア人が周りにたくさんいたので。そこで会話もできるようになりました。それに馬鹿にされるのがすごく嫌というのもあったと思います。

—  馬鹿にされる?

仲田 イタリア人の若い子は、本当にからかうのが好きなんです。悪気はないんでしょうけど。日本語訛りだとからかわれてしまうので、なるべくイタリアの発音、発音と気をつけていました。

—  音楽家の場合、耳に音が入るということで少し早いようですね。

仲田 あと、語学で大切だと思ったのは演技ですね。

—  演技?

仲田 いかにその国の言葉を自分の言葉のようにみせて自分の表現をするかだと思います。本当は自分の国の言葉ではないので、うわべだけになってしまわないように気をつけないといけないですね。

—  ヴェルディ音楽院は、毎年何名程度入学するのですか?

仲田 空いたポストの数だけ取るというシステムなので毎年違うみたいですね。

—  自分が師事する教授の空いているポストという意味ですか?

仲田 いや全体です。1年生から5年生、6年生から8年生、9年生から10年生という三つのグループに分かれていて、それぞれ下、中、上級コース。そのコースごとに空いた人数を補充していきます。それが大体各コース十名未満です。私が入ったときは3コース合計で20人くらいだった記憶があります。

—  100人とか200人とか入るものではなくて少人数しか入れないんですね。

仲田 一年生の入学は七歳くらいの子達です。そこは多分何十人も取ると思います。

—  年齢は関係ないのですか?

仲田 一応年齢制限はありますが、そんなにはっきりとはないと思います。中級コースは21、22歳まで、上級コースもたぶん年齢制限はあるのですけど、よく分かりません。年齢制限がある場合でもプライベートで試験だけ受ける方は年齢制限は全く関係ありません。だから40歳とか50歳で受ける方もいるみたいです。

—  ヴェルディ音楽院のレッスンをプライベートで受講して試験だけ受けるのですか?

仲田 レッスンは関係ありませんが、自分のついている先生と準備して試験だけ外部受験するということですね。

—  最終的にもらえるディプロマもヴェルディ音楽院から出るのですか?基本は全く同じでしょうか?

仲田 ヴェルディの学生だと授業料は安いです。プライベートレッスンはそれと比べるとお金がかかると思いますので。大きな違いはそれですね。ただし外部受験は自分の好きなペースで受けられるのが魅力です。

—  ヴェルディ音楽院に行きたいと思った場合どのように準備すればいいのですか?

仲田 ヴェルディ音楽院のシステムを一番良く分かっているのはミラノ音楽院です。そこで入試の準備をして受験するのも一つの方法だと思います。

—  ヴェルディ音楽院の事務手続きはいかがでしたか?

仲田 大変でした。事務員とのかけあいの難しさと、英語が通じないのでこちらがヘコヘコしなければいけないところです。それに言うことが毎回違っていたり、急に怒ったりすることですね。

—  それをうまく乗り越えられれば次のステップにいけるということですか?

仲田 乗り越えるまでが本当に大変です。

—  日本で音大を卒業している方は、通常は上級に行かれますか?

仲田 必ずしも上級に入れるとは限らないですね。入試で持っていく曲や学校同士の提携などにも関わってくると思います。そこで中級に入ってしまうと和声及び分析や音楽史などをとらないといけなくなってしまうんですね。すると二年間程度で留学を考えていらっしゃる方だと本当に大変だと思います。やる気があれば中級を一年でとってしまう事も可能ですけど、本当に死ぬ気で頑張らないといけないと思います。中級と上級を合わせて三年ぐらいだと思います。

—  死ぬ気で三年やったら、もう本当に死んじゃうでしょうね(笑)。

仲田 本当に大変なのは最初の一年ですね、語学の問題で。学科さえ何とか通れば後は演奏だけなのでなんとでもなります。

—  上級になれば音楽だけですか?語学などの試験はありますか?

仲田 語学試験は最初の入試のときだけです。でも今年から、入試面接で落ちてしまっても、提携している語学学校に通って一年後の確認試験で通ればオッケーになったと聞きます。音楽史も聞いた話によると韓国人専用クラスというのがあるらしくて、そこに入る勇気があれば入れると聞きました(笑)

—  入学試験はきちんと準備をしないと大変ですね。

仲田 そうですね。突然行っても語学の試験にパスするのは難しいかと。試験は筆記と面接です。日本でちゃんと勉強していれば筆記はそんなに問題ないと思います。ただし面接は対人試験ですのでイタリア語を話し慣れていないと戸惑ってしまうかもしれません。試験と言っても本当に雑談なんですけど(笑)。人によっては新聞の記事を読まされて感想を言えというのもあったそうですが、最初からフレンドリーな感じで話していれば、「ああ君はしゃべれるんだね、じゃあまたね」ですね。

—  本当にイタリア的ですね(笑)。

仲田 はい。雑談でした(笑)。緊張する感じじゃないですよ(笑)。

—  ヴェルディ音楽院の学費はおいくらですか?

仲田 私が入った当時が年間五千円から一万円でした。リラだったこともあって安かったですね(笑)でもシステムがどんどん変わり始めた頃で毎年二倍二倍と変化していきました。現在はヴェルディ音楽院も大学システムが導入されました。8、9、10年生の三年間が大学システムとして選択可能となりした。学生は、その大学システムにするか、今まであったトラディショナルシステムにするかを選べます。大学システムを選ぶと大学卒業資格に当たるものがもらえます。例えば10年生を卒業した時点で、高校を出られない若い子達もいますが、そういう人たちは別に大学システムを選ばなくても今までのトラディショナルコースを続けることが出来ます。どのシステムを選ぶかで学費も変わります。大学システムコースだと年間800ユーロです。

—  日本だと年間200万円以上かかったりするので話にならないですね。イタリア全土的に教育システムが変わっているのですか?

仲田 はい。ただ現在、正式に認められているのはローマとミラノと聞きました。イタリアは地域によってシステムが随分違います。必要な教科も全然違います。大学システムを正式に一番厳しくやっているのはミラノだと思います。国の検査が入っても必ずパスする自信はあるというのが売りみたいです。なので、ピアノ科は本当に厳しいです。

—  イタリアは、全体的に教育の制度改革しようとしているのですか?

仲田 今、真っ最中です。

—  他のヨーロッパやアメリカに合わせようということでしょうか?
 

イタリアミラノヴェルディ音楽院
ヴェルディ音楽院

仲田 以前にコンセルヴァトワール(音楽院)のディプロマが他の国で認められませんでした。それで、違う国に行った場合、もう一回ディプロマを取り直さなければいけないというのが問題になったようです。レベルが低いということではなくイタリアのカリキュラムが特殊すぎるらしいです。

—  イタリアという国は、他の国とちょっと違いますよね(笑)。

仲田 それでやっぱり改革を始めようという話が出ているみたいです。特に実技のプログラムは1930年から改正されていないので。

—  1930年ですか? 70年以上してから改革ですか(笑)。

仲田 はい。そろそろ変えようかという(笑)。伝統があるといえば伝統があるんですけど。

—  これから毎年変わる可能性がありますよね。

仲田 トラディショナルコースの試験が急激に変わるということはないと思いますが、大学システムは本当に毎年変わっています。

—  大学システムだと日本の大学を出ている人もしくは途中まで勉強した人がイタリアでうまく編入しやすくなる可能性があるということですね?

仲田 どうでしょうか。私はトラディショナルコースの方がいいと思います。

—  どうしてですか?

仲田 大学システムでは180単位も取得しなくてはいけません。日本の大学は日本語で習うじゃないですか。日本語で教わった教科がどの程度、単位が免除されるか私にはちょっと見当がつきません。内容がかなり変わってくると思いますので。

—  180単位というのは日本などでは信じられない数字ですが一つの科目で何単位ですか?

仲田 学科によって変わるんですけど、一年間で実技が20単位です。

—  それは大きな単位ですね。これも特殊ですね。

仲田 授業以外の自宅で練習する時間をかなり単位に足してくれます。だから室内楽も同じような扱いです。あと小さい学科は2単位、3単位、4単位という単位数もあります。

—  1単位から20単位まで結構幅があるのですね?

仲田 そうですね。例えば外部でマスタークラスや講習会を受講しても証明があれば単位をもらえます。外部で沢山コンサート活動をすれば単位が特別にもらえることがあります。外部の活動も結構単位と見なしてくれるので三年で180単位だったら何とかなる単位ではあると思います。ただ日本人にとって高度な語学力が必要な学科は大変だと思います。ピアノを練習する時間も少なくなりますし。

—  ヴェルディ音楽院に行く場合は今までのシステムに入った方がいいということですね。

仲田 私はそう思います。皆さん、大学卒業の資格はあまり興味がないと思うので。日本の音大を出ている方は、ミラノ、ローマ以外でしたらコンセルヴァトワール(音楽院)の大学院に直接入れそうです。

—  イタリアに行く前に先生と入学準備をした方がベストですか?

仲田 ベストですけれども、先生にもよると思います。有名であっても細かいことは面倒を見ない先生もいます。でも面倒見が良い先生はあらゆる限りを尽くしてくれます。

—  先生を知らなくても入学はできるということですよね。

仲田 全く問題ないと思います。そういう意味ではマフィアじゃないですね。ただ入学が決まった時点で事務所が先生を自動的に振り分けてしまいます。もしその事務所が信頼できないのであれば他の人に噂を聞くなどします。授業を見学というのはあまりできるわけではないので。

—  授業の見学をしてはいけないのですか?

仲田 そういう事ではないのですけど、事前に先生の所に行ったら「君はもうこのクラスに入るんだね」と思われるケースが多いと思います。入学後、違う先生の所に入ってその先生と鉢合わせたときに問題になってしまう可能性があります。もし意地悪な先生だったらマズイかなと(笑)例えばその先生が審査員になってしまった場合です。

—  イタリアは面倒くさそうですね。

仲田 そうですね。本当に先生によるのですけど、派閥や先生同士の仲もあるので。

—  どの先生につくかで入学試験や卒業に左右されてきますか?

仲田 入学試験は大丈夫だと思いますが卒業試験ではもめるケースもあるようです。そういう場合は先生と過去に何らかのやり取りがあった事が多いですね。例えば過去に自分の弟子にからい点数つけたから私も甘くつけないわよとか。先生の機嫌にもよります(笑)

—  最初に振り分けられる先生と馬が合わない時は、先生の変更は可能ですか?

仲田 可能ですが、今言った問題が生じます。それで本当にどうしよう、変えたいけれど後が恐いし、失礼だしと考えてしまうケースが多いですね。合わない先生と当たると大変です。もし先生を変える場合は、学長に手紙を出して変えてもらうことになります。ただ、本人が一切周りを気にしない人でしたら問題は全くないと思いますが。

—  そうなんですか?

仲田 でも気にする人だと悩んでしまう・・・。

—  イタリア人はどんどん先生を変えていきますか?

仲田 変えていく人もたくさんいます。日本人ほどは悩まないかと(笑)

—  ヴェルディ音楽院には、今、日本人は何人ですか?

仲田 今はかなり減ってしまって全部の楽器、指揮を合わせても日本人は十人に満たないと思います。全校生徒数は、ピアノ科が十年制で各学年三十人未満程度です。ピアノ科のクラス数は、二十三クラスありましてそれぞれの人数制限が十名です。どうしても多くなってしまって特別許可をもらって十五人というクラスもあります。人気のない先生は十人に満たないというクラスもあります。だからピアノ科の生徒数は300人に満たないですね。人数としてはピアノ科が一番多いです。

—  全校生徒はざっと千人は超えるということですよね。

仲田 千人は多分超えると思います。

—  学校の雰囲気はどうですか?

仲田 雰囲気はいいと思います。先生の派閥に巻き込まれることもないですし、争い的なものは少ないです。先生方は演奏の好みがハッキリしているので割と生の声が届いてきます。

—  たとえばどのような事ですか?

仲田 先生を通して試験の演奏の感想を聞けます。それに辛い点数が付いても、理由もちゃんとついてきますね。そのコメントからも趣向の違いが見えてくることもあると思います。

—  イタリアではミラノ音楽院とヴェルディ音楽院に行かれていますが、イタリアはこういう所良かったと思う点がありますか?

仲田 日本に比べたら小規模なので融通が利きやすいと思います。日本のシステムをよく知らないのでなんともいえないのですが・・・日本とイタリアでは校舎の規模も全く違います。学生同士や先生との関係は非常にフレンドリーです。

—  先生との関係は目上の人となりますか?それとも対等ですか?

仲田 もちろん目上の人ですけれども、生徒も自分の意見を言わないといけません。先生によっては自分の言う通りに弾け、という人も少数ながらいますけれども、私の先生は個性をとにかく大事にすることをモットーにしています。だから自分が弾きたいように持っていくことが第一条件です。先生はこう言っているけど、私はこういう風に弾きたい、というのは大歓迎です。先生の言うとおり、「ハイハイ」と弾いていると、「弾いていてもつまらないだろうし、先生のコピーだけはならないで」といわれます。「あなた自身は何がしたいの?」と。

—  それはいいところですね。イタリアではイタリアものが一番得意ということになるのですか?

仲田 そうではないですね。レパートリーが非常に幅広いです。特に大学システムの試験のうち1つは、作曲家が十四人必要となります。近現代まで本当に隙間無く選びます。十三グループありまして私はこちらを受けたのですけど、第一グループはバッハの平均率を六曲、もしくは五曲プラス他のバッハの曲、第二グループがモーツァルトもしくはハイドンの曲、第三グループがベートーヴェンのソナタ、それからシューベルトもしくはメンデルスゾーン、ショパンもしくはシューマン、リストもしくはブラームスという形で各グループ二択になります。それが近現代まで続きます。最後の14グループは自由曲。これ以上何を選べばいいのかと(笑)

—  それは大変ですね。

仲田 そうですね。小曲ばかり選んでしまえばそんなに大変ではないのですが、ソナタばかり選ぶとか、大曲をたくさん混ぜて持っていく人ももちろんいるわけです。そうすると全部弾くだけで本当に三時間かかってしまいますね。それが一番重いといわれている試験です。

—  今言われた試験はいつ受けるのですか?

仲田 八年生の終わりです。(大学システムの1年生)

—  何年間でそこまでもっていくのですか?

仲田 六、七、八年です。

—  三年間で持っていくのですね。それは結構大変ですね。

仲田 そうですね。体力的にも一番辛いと思います。それぞれの作曲家の弾き分けだけでも難しいので。でもこのやり方を先生方も誇りにしています。ベートーヴェンだったらベートーヴェンの音を体に染み込ませるという事ですね。

—  日本からピアノ留学をする人で第一希望がイタリアというのは珍しいと思います。そういう意味で逆にイタリアだから良かったということありますか?

仲田 ありますね。競争社会でないことですね。聞く話ですと、他の国などでは日本人同士の競争もあるようです。イタリアはのんびりしてます(笑)

—  音楽的にはいかがですか?

イタリアミラノヴェルディ音楽院
ヴェルディ音楽院

仲田 他の国を知らないのではっきりは言えないのですが、非常にのびのびしていると思います。個性をとにかく大事にしていますし、キチキチしてはいないですね。現在世界的に活躍している人たちを校内でも見かけますし、そんな人達でも普通に友達感覚で話せます。ヴェルディ音楽院は、大学院が正式に通ったという事で音楽界で活躍している人達が今、学校に戻ってきているんですよ。前回のブゾーニ国際ピアノコンクールでの1位、2位はヴェルディの卒業生なのですが、彼らもまた戻ってきていて今年大学院の卒業試験を受けたということです。二十年前に卒業という人たちも戻ってきています。正式に大学院が認められたので今後、学校で教えるにあたっても資格を取った方が有利なようです。

—  イタリアは、学歴社会ですか?

仲田 そんなことはないと思いますけれども、とにかくポストが無いのです。コンセルヴァトワール(音楽院)で教えるには採用試験があるのですが、もう何年も行われていないようです。ポストが全然ない状態だそうです。待機のリストが何百メートルにも及ぶんじゃないかと言われています(笑)。

—  なるほど(笑)。

仲田 卒業をしてもその先十年以上はコンセルヴァトワール(音楽院)で教えるということは、まず無理だろうと一般的に言われています。ヴェルディ音楽院が大学システムになったのを契機に、新たに音楽高校を別に作るという方向に話が進んでいるみたいです。小さい音楽学校をたくさん作りたいみたいですね。

—  そういう話になっているのですか?

仲田 そうなんです。だからコンセルヴァトワール(音楽院)自体のシステムが変わって一年生から七年生までが消えるかもしれないという話も聞きました。

—  ここしばらくはイタリアの教育制度に注意していないと本当に分からないですね。

仲田 変動が激しいですね。それで今、賛成派と反対派に別れているようです。政治も関与しているので、首相が代わったのもポイントですね。これからどういう政策になっていくのか・・・でも皆、向上はそれほど期待していないみたいですけれど(笑)

—  学校の授業ですが、これはどのように進みますか?

仲田 私が今年1年でとった授業は、教育学と分析学と、伴奏学と初見及びオーケストラのスコア読みというもの、それに室内楽とピアノの実技、あとピアノデュオ専門コース、ピアノの歴史、これはピアノの作曲家のみの歴史です。それに英語です。

—  英語?

仲田 英語も単位に入っています。英語はブリティッシュカウンセルという語学学校と提携をしているので、かなりの割引がきいて十二月〜四月のコースで週に一回二時間で百ユーロでした。

—  ヴェルディ音楽院は、基本的に大学と同じシステムと考えると一般科目はあるのですか?

仲田 音楽と全然関係ないのは語学のみです。教育学やメソッドの点で心理学や音楽療法が関与してきますが。一応コンピューターの授業もありますが、音楽ソフトが使いこなせるためにということです。

—  練習は家でやっています?それとも学校ですか?
 

クラシックピアノ/ヴェルディ音楽院・ミラノ
仲田 晴奈さん

仲田 家ですね。学校は本当に練習室が少ないのです。夜は予約制で取れるのですが、夜が駄目な時は昼休みのクラスの合間を狙って、もしくはどなたか先生の欠席を願うことになります(笑)

—  基本的に皆さん練習は家でやるのですね。

仲田 そうですね。家でやるのが主流、もしくは練習室がみつかるか運に任せる(笑)。

—  運に任せる人が主流ですか?その時になって練習できればいいや、ということですよね(笑)。

仲田 そうですね。学校の練習室が空いていないとバールに行って暇をつぶしています。練習室が空くまで一日中ブラブラしている人もいます(笑)。

—  時間をきちんと決めてやりたい人は家でやるしかないということですよね。

仲田 そのほうが確実です。

—  学外のセッションやコンサートの機会もありますか?

仲田 それも付いている先生が関係してくると思います。先生によっては自身でコンサートを企画されている方がいらっしゃるので、試験前に試したいと先生に言えばギャラなしですが弾かせてくれる場合もあります。それに学校が学外の音楽事務所と提携していますのでその学外コンサートのための学内オーディションを受けるということもあります。

—  コンサートの機会はすごくあるということですね。

仲田 その気になればいくらでもあります。

—  コンサートでお客さんは集まりますか?

仲田 時と場合によりますが・・・イタリアの良い所は、本当に音楽が聞きたい人が集まってくれるということです。なので、たとえ聴衆が数十人でも大変暖かいです。ある程度名前が通っている音楽事務所であればもう固定のお客さんがついていますので、日本のようにすごく努力をしてお客さんを集めるということはあまりしないですね。(個人での自主リサイタルはほとんどないですから)皆さん毎回足を運ぶことを楽しみにしていらっしゃいます。それにイタリアではコンサートで高いお金を払わないですから。もちろんスカラ座は全く違いますが、かなり良い大ホールでも本当に大物が来て25から30ユーロ程度です。そうすると、学生ではそんなにお金は取れないですよね。今年は毎週火曜日に学内の小ホールで昼時コンサートを無料でやっていました。

—  コンサートに出たい学生は皆さんが出られるのですか?

仲田 一応取り仕切っている先生がいて、その先生に書類を提出すると、他の希望者と調節してプログラムを組んでいただけます。全部で一時間のコンサートです。例えば長いものを持っていくと、あいていれば全部弾かせてもらえますが、混み合っていれば何楽章のみとなります。このコンサートは弾く前に曲目解説を聴衆の前でしないといけないので、勉強にもなります。曲目紹介は本当にみんな嫌がっていますが(笑)それは義務になっています。その曲の背景などをよく勉強するので良い勉強にはなりますね。

—  一日の大体のスケジュールを教えてもらっていいですか?

仲田 私は学校の授業を、午前中になるべくいれるようにしていました。そうすると大体七時から七時半に起きて九時十五分には学校に着いています。九時半から授業が二時間あって十五分休みをはさんで次の授業が四十五分あります。そのあとすぐに次の授業があって一時に学校は終了して帰宅していました。

—  学校自体は午前中で終わってあとは自由になるということですね。

仲田 これは自分でスケジュールすることが可能です。遠くから来ている人たちが、なるべく少ない日数で終わらせるようにしたい場合、午前と午後の全部に授業を入れてしまって残りの日は家で練習するというようにスケジュールを作ることも可能です。

—  ちなみに宿題は出ますか?

仲田 宿題は日本で考えているのとは違いますね。例えば初見のクラスでしたら初見と平行して、リード、アレンジが宿題に出るくらいです。分析のクラスも課題を出しても、やってくるのは半数くらいですね。先生達も全然厳しくないです。みんな忙しいのが良く分かっているので「君達は実技が命だから」と言っておおめに見てくださる先生もいます。もちろん意欲がある生徒はよく面倒見てくれますが、意欲がない生徒はそういう意味では放っておかれて、試験でも辛い点がつく場合も少なくないです。及第点は心配ないですけれど(笑)

—  学生さんは勉強熱心ですか?

仲田 勉強熱心というか、どちらかというと音楽家としての自覚を持っている人が多いです。自分のモットーというか芯が揺らがないですね。根本的に弾く時は自分のプライドというか、スタイルを持っています。

—  基本的に全員がプロになるという気でやっているのですか?

仲田 それはどうでしょうか。卒業の点数にもよると思います。プロフィールに書くことが多いので。点数が高得点でない場合、そこで低迷してしまう人もいます。それにディプロマは欲しいけれど、そのあとには考えていないという人も結構います。どれくらいピアノに重点をおいているかということで変わってしまいますが、皆が皆絶対にプロを目指しているというわけではないですね。逆に室内楽に興味のある学生はとても多いです!

—  伴奏の仕事などはいかがですか?

仲田 それはいくらでも転がっています。学内でも他の楽器の人はいつでもピアニスト探しています。私達の方が断わり続けているくらいです。他の学校ではどうか分かりませんが、ヴェルディ音楽院では伴奏奨学金というものがあります。それは伴奏をたくさんやる人たちに奨学金を与えるシステムです。そのシステムを利用すると学生が伴奏代を払わなくていいので学生にとってはありがたいシステムだと思います。

—  授業以外では通常どういう生活ですか?

仲田 かなり引きこもっています(笑)。出不精なんですよ(笑)

—  練習ばかりですか?

仲田 そうですね。練習と家の事と洗濯です。もちろん、たまには友達と出かけたりもしますけど。学校の大ホールで毎日というほどコンサートをやっているので、中心地に住んでいる場合はコンサートにも頻繁に行けますが・・・私は少し郊外に住んでいるので行きづらいです。

—  郊外というのはどのくらいの場所ですか?

仲田 ベッドタウンですか?中心地から地下鉄で二十分くらいです。

—  それで郊外になるのですか?

仲田 そうですね。本当にある駅までは人が一杯いるのに、私の駅の4駅前まで来るとガラっといなくなっちゃうんですよ。夜九時以降は誰も歩いていない状態です。家族や老人が多いところです。

—  ちなみにミラノの中心地から何分くらいのところまでがいわゆる中心地と言うのですか。

仲田 地下鉄で十分、十五分です。その五分の違いで私は早く帰らないといけないのです。

—  イタリア人とうまくやるコツはありますか?

仲田 イタリアに興味があることをアピールすることですかね。こちらに興味があればイタリア人は喜んで受け入れてくれます。

—  外国人に関して日本人に限らず受け入れてくれるのですね。

仲田 日本人は特に受け入れてくれやすいと思います。日本の文化にものすごく興味がある人が多いですし。例えばテクノロジー系でも昔の日本の伝統的なものでも、言葉のことでも沢山の分野で日本には興味がある人が多いです。この前も宮崎駿さんの映画祭があったのですけど、満席で入れないという状態です。一部の人はトトロの歌詞を日本語で知っていたり(笑)。だから、こちらさえオープンに接していれば、本当に助けてくれるし、いくらでもうまくやっていけると思います。でも一般的に女の子は男の子の友達のほうが接しやすいですね。フレンドリーですから(笑)

—  日本人以外の外国人は結構いますか?

仲田 私の知人ではリトアニア人、ロシア人、クロアツィア人などがいますね。

—  日本人に対してはどういうイメージがありますか?

仲田 やっぱり機械的というイメージが抜けないですね。でも徐々にですが、日本人は時代の流れで機械的になってしまって、音楽をどう表現していいか分からなくなってしまっているだけで、本当はものすごい繊細な人種という意見も出てきています。もちろんそれは一般的なイメージですから、結局は人それぞれだとおもいますけれど。機械的に弾く人はイタリア人でもいますし、本当に凄いですよ。それこそマシーンそのものじゃないかと思うくらいです(笑)

—  アパートは何回か変わられたことがありますか?

仲田 最初に知り合いの紹介という事で、ミラノから北に90キロほど離れたところのキリスト教の学生寮に一年半いて、その後ミラノの学生女子寮に移りました。そこは大学生がいろいろな所から来ていて全部で百二十人くらいいたと思います。

—  そういう寮があるのですか?

仲田 そこは、いくつかある寮の中でもかなり大きい方だと思いますが、値段は月に800ユーロ程でした。そこは日曜日のお昼だけつかないのですが、三食付きで部屋もシングル、トイレとバスだけ二人で一つを共同というかたちでした。

—  ピアノは置いたりすることは出来るのですか?

仲田 私がいた時は地下室があいていたのでピアノを置かして頂いていたのですが、その地下室が使えなくなってしまった事で寮を出る決心をしました。

—  一般的なアパートでピアノを置く事は可能ですか?

仲田 はい。でもご近所問題は常にありますけれど。私は雑誌からアパートを探したので大家さんに何回も念を押しました。「本当にテレビとは比べ物にならないほどの音量ですけど、それでもいいのですか?」と。そういう感じで何回も確認を取ったうえでそのアパートに入りました。それでも一回だけ下の階の人が「テレビが聞こえない」と言ってきました(笑)毛布などの詰め物を詰めて何とか改善してそれ以降は大丈夫です。

—  いろいろなクレームの可能性はあるのですね。

仲田 イタリア人でもそれが一番のネックで裁判沙汰になることもあります。一番いいのは、以前に音楽関係の人がいたところに入ることですね。

—  いきなり行って自分で探すというのは非常に難しいですね。

仲田 そうですね。ただし、外国人専用のアパートがコンセルヴァトワール(音楽院)から遠くない所にあって、音楽関係の人も沢山入っているとは聞きますが。そこは問題なく音を出せるとか。

—  大体の生活費はどの程度ですか?

仲田 私は一人暮らしでグランドピアノを置いているので一人には広い五十平方メートルです。キッチンは居間の一角で、他に寝室とシャワールームで月650ユーロです。マンションの管理費は、年間の暖房費全部込みでプラス120ユーロ。私は光熱費・ガス代を1ヶ月一定の料金で支払っています。大家さんと交渉して全部で一ヶ月800ユーロ支払っています。目の前がコープで買い物にも便利な、すごく恵まれた状況です。地下鉄も近いのでいい物件だったといわれます。

—  プラスで生活費はいくらかかりますか?

仲田 食費はかなり浮かしていて、自炊が主なので月に150ユーロくらいです。節約しようと思えばいくらでもできます。交通費を含めても1100〜1200ユーロですね。

—  一般的に通常1000ユーロ前後ですか?

仲田 これは低い方だと思います。もちろん部屋などをシェアしたら家賃はすごく浮くと思いますが。私の生活費がこれで済んでいるのはヴェルディ音楽院の学費が安いということにあります。ミラノ音楽院やプライベートレッスンに行かれている方だと勉強費用がかなり出てしまいます。

—  ミラノは一般的に安全ですか?

仲田 治安は良くなったと思います。ただし中央駅周辺は、女性の方の夜の一人歩きは避けた方がいいと思います。

—  どういうふうに危ないのですか?

仲田 一歩を間違えると日中でもナイフ突きつけられてパスポートを出せと言われるという話も聞きました。でもまあ、運しだいですね(笑)

—  主に多いのはスリですか?

仲田 スリですね。でもいかにもな格好をしていなければ、ある程度は予防できます。それに歩き方ですね。とりあえず周りを見ないで早足で突き進むのが一番いいです(笑)

—  留学してよかったと思えることはありますか?

仲田 逆に後悔したことが全くないです。

—  留学したことによって自分が変わったことはありますか?

仲田 人からよく言われるのは音楽的にも人的にも垢抜けた?(笑)それまでは何事も真剣に考え過ぎて重くなっていた節がありますね。最近では何事もポジティブに考えられるようになりました。イタリアの単純さと明るさが良いように私の中でミックスされてきました。あとは人をすぐに頼らなくなりましたね。イタリア人は口先の人も多いので信用しないし、それを責めても始まらないので(笑)

—  卒業したあとはどういうふうにお考えですか?イタリアに残るのですか?

仲田 イタリアを中心に行ったり来たりしていければいいと思っています。演奏活動だけで生きていくというよりは、演奏活動をしながら他の仕事もしていきたいと思います。イタリアのアーティストを日本に紹介するということにも興味があります。

—  これから留学される人たちにアドバイスをお願いしてよろしいですか?

仲田 最初から意志をしっかり持って、他人の意見に簡単に左右されないようにした方がいいと思います。とらえ方というのは人によって180度違うものだったりしますから、他人の意見を鵜呑みにしないで自分でなるべく見定めるように気をつけないと。あと、目的によっても変わってくると思うのですが、楽しむことも大切だと私もよく言われますね(笑)あまり勉強、勉強というふうになるよりも、ある程度ゆったり構えているほうがイタリアの本当のいい部分がわかることもありますし。

—  長い間ありがとうございました。
 

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